- 2010-07-21 (水) 22:17
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3月の末にピア・カウンセリングの話をして欲しいと、韓国のグループに呼ばれ話をしにいった。
韓国の障害者運動の勢いの良さは、日本の私達以上だ。たった10年間で自立生活センターが200箇所できたというのだから驚いた。
「なんでそんなに作れたんだろう?」と聞いてみたら、「韓国人は人の下で働くのが嫌いで、みんな独立したがるんだ。」と笑って答えてくれた。自分でリーダーシップを取ることの大切さとすごさを彼らといて、しみじみと思い出した。
ところでその旅の間に、昔から行きたいと思っていた『ナヌムの家』に半日行くことができた。
日本軍は、先の大戦の時代に、朝鮮、中国、インドネシア等やそして日本の女性達を従軍慰安婦という呼称で連れまわし、あるいは慰安所に閉じ込めて、性暴力を繰り返した。その歴史をとどめるための資料館と、そういう扱いを受けた8人の女性達が暮らす家が、『ナヌムの家』である。
私は10代の半ばに、新聞記事か何かでこの情報を知り、10代から20代の女性が信じがたいほどの、性暴力を受けていたという事実に言葉を失い、中国で日本軍の一兵卒であった父にも、そのことは一度も聞けずじまいだった。
だから、約10年前、『ナヌムの家』の映画が出来たとき、初めてその被害当事者の証言を聞き、一度は訪ねたいと念願した。今回その願いがかない、介助をしてくれている在日の友人と行けたことは、いろんな意味で非常に良かったしうれしかった。
『ナヌムの家』に着いてすぐに、オクソンさんと目が合い、手招きをされたので、オクソンさんの座っているソファの隣に行った。すると彼女が、手をなでてくれたので、涙が出てきて、私も彼女の体に腕を回し、数分2人で抱き合いながら泣いた。
その後彼女がいろんな話をしてくれたのだが、残念ながら韓国語が分からなかったので、一言も言葉としては分からなかった。しかし、ひどい扱いを受けた当時のことを話してくれているということだけは、彼女の辛いジェスチャーの様子から伝わってきた。
この家と資料館には若い日本人が2人、スタッフとしていて働いていた。2人が自分のしたいこととしてそこで働き、本当の歴史を伝え続けようとしている姿には感動した。
そしてもちろん、8人のハルモニ達が決して諦めることなく、日本大使館に毎週水曜日には出向いて、謝罪を日本政府に要求し続けているという粘り強さと、行動力、それらは、人間に対する高い期待と愛情にも根ざしていると感じて、心打たれた。
というわけで、これから韓国に行く若い人や、そして出来ればあの時代を生きたすべての人にも、『ナヌムの家』に行ってきて欲しいと願っている。
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