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「からだに優しい暮らし」

13歳の時に、整形外科医に「自分の体は自分で面倒をみるからもう二度と手術はしません」と宣言して以来、民間療法の大家が書いた赤本を読み漁ったり、食に関する様々な情報を集めたり、そして自分の体で実践できることはできるだけしてきた。

また、チェルノブイリが起こる少し前から原発問題を含むエコロジーに関心が高まり、くにたちに引っ越した時には、20Aのアパートの電流を10Aに下げて、東京電力の人を驚かせた。東京の電力の約4分の1は、私の故郷の福島に造られた原発10数基でまかなっている。福島の人たちの健康や命や自然を犠牲にして、自分がいま東京の暮らしをしているのだということを常に考えている。福島の友人が柏崎の原発が地震で止まっていることを非常に羨んでいた。なぜかというと、柏崎の原発が止まっているために、福島の老朽化した原発が、定期点検もせずに稼働しているというのだ。放射能の危険は、広島長崎の体験のある日本でこそ周知の事実であると思う。原発過密国の日本がまず、自然エネルギーの方にどれだけシフトできるかがからだと地球に優しい暮らしの鍵だ。
最近は、ソーラーボックス(ソーラーパネルで小さな電子機器を使えるようにしたボックス)を購入し、パソコンを動かしたりしている。

食については、20歳の時からなるべく主食は玄米にし、22歳で福島で自立してからは三里塚から無農薬野菜を取ったりもした。障害を持っているからか、自分の体の不具合が、地球環境の不具合とリンクしていることをつくづく感じる。玄米を食べ、無農薬野菜を食べ、肉食をせず、アルコールやたばこやカフェインの依存からも自由になると、自然食品を食べても経済的にそれ程高いというわけではない。生ゴミも肉や魚が全くと言っていいほどないので処理が楽だ。庭に小さな穴を掘って、米ぬかをかけ、たい肥作りを夫がしている。

石鹸類ももちろん、合成洗剤はない。ただ、我が家には常時いろんな人が泊まるので、彼らが持ち込んだ合成洗剤が風呂場に幾つかあって、その処分に時々困っている。

「からだに優しく」という第一は、体に優しくなれば、地球環境にももちろん優しくなるわけで、その二つは常に密接にリンクしている。私はもちろん化粧もしない。素のままの顔でどこにでも行く。娘がお年頃で、たまにマニキュアをしたりしているが、骨折や手術を繰り返して、ギブスに覆われてきた幼いころを思うと、マニキュアさえギブスのように思えてしまうのだから、体に優しい暮らしはPTSDからも自由であるために必然でもある。

国立に来た頃は、ヘルパーさんに週に一二回、背中に生姜湿布をやってもらっていた。これは、生姜をすりおろして数リットル沸騰直前のお湯に入れ、その中で手拭いを絞って背中に当てるというものだが、変形している背骨の痛みが急速に楽になる。
父が肺がんで亡くなる時には、飲尿両方がいいとどこかで読んで、「まず自分の体から」と二年近くは真剣にやった。今でも、ひどく疲れたり、風邪をひきそうだなと思ったら、なるべく飲むようにしている。

友人たちがやっている快医学は、私の好きな身体へのメソッドだし、今流行りのマクロビオティックも20年ぐらい前は必死にやっていた。今も厳格ではないが、食の基本は概ねマクロビオティックだ。玄米正食(マクロビオティック)の料理教室に20年ぐらい前に通って、師範の免状こそ取らなかったが、回数だけは師範の免状を取れるほどに行った。「つぶつぶクッキング」で多くの本を出している大谷ゆみこさんとはその時の料理教室で一緒だった。

自分が環境や食のことをよく考えていると、友人もそうした人がよく集まるし、また反対に体や環境に攻撃的な人生を歩んでいる人を助けやすくもなる。

「娘には大人たちが環境問題をきちんと考えないから、私たちの未来は大変なことになっちゃう」とたまに言われ、耳が痛いが、彼女も私が生活の中でベストを尽くしていることはわかってくれているから、肉を食べたいとか、香料のあるシャンプーを使いたいとか、全く言わずにいてくれるのは嬉しい。

ある意味この暮らしは、奪い合う生活から分かち合う暮らしへのモデルでもあると思っている。

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