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差別的キャンペーンを止めよう

放射能が破壊するのは、命だけではなく、身体の作りも破壊してしまうということを伝えたいための、障害を持った子どもたちの名前もない写真の羅列があちこちに最近よく見られます(名前があってもまた非常に酷いと思いますが)。

でも、それは本当に間違った行為です。なぜなら放射能が破壊するのは、身体の作り以上に人の心なのです。命に関する鈍感さと、人間の尊厳に対する無視、冒涜によって、人の心と人との関係を徹底的に破壊していきます。

私自身、いわゆる人と違った身体を持っていたために、病院で何度も何度も裸にされたり、あるいは服を着たまま写真を撮られました。名前の無い私のその写真が、どこにどのように使われるのかと不安で十代の頃は夜眠れないこともありました。

ですから、奇形という言葉も、先天性異常という言葉も、(この写真の説明文にもたびたび使われていますが)心にナイフを突きつけられたような辛い気持ちになります。

十数年前に、私のそうした思いを理解してくれる水頭症の子どもさんを産んだ女性に会い、障害を持って生まれるのが全く悪いのではなく、障害を持った人と共に生きられない社会が次々に残酷な差別を生むのだと、意気投合しました。

障害をもった子どもたちの写真を見た時に、いつも思いだしてほしいのは、この子どもたち一人一人に名前があり、家族があり、それぞれの人生があるということです。

放射能が怖いということを彼らの身体の写真を使ってキャンペーンするのはやめようではありませんか。放射能があってもなくても、人類には一定程度の障害を持って生まれてくる人が歴史上存在してきました。もちろん、この環境汚染でその割合はどんどん高くなってきているかもしれません。だから環境汚染を止めなければならないという短絡的、差別的思考や行動のありようを止めない限り、環境破壊は止まりません。

もう一度繰り返します。一生懸命生きているにも関わらず、名前のない、家族の思いも知らされず、一般の人とは違った体つきを持つ子どもたちの写真を、放射能は怖いものというキャンペーンに利用するのは、完全にやめていきましょう。そうすれば、どの人の人生も素晴らしいという、尊厳に満ちた社会の創造を少しでも近くに出来ると信じています。

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