- 2011-03-18 (金) 17:27
- 原発事故
今、私は名古屋にいる。
名古屋の友人の家で、福島県内の原発から80キロ圏内の市町村に、おもいついて電話をしている。
福島は私が生まれ育った故郷だし、
余りの抑圧の中で生き延びた東北の人たちへの熱い熱い思いがあって、
次から次に電話をかけ続けている。
子どもの命、幼い赤ん坊の命、そして福島の未来を救いたい。
その思いで、なかなかつながらない電話をし続けている。
アメリカも、オーストラリアも、フランスも、その他多くの国々が、
福島第一原発から80キロ圏内に住む自国の人に対して避難勧告を出している。
そして、大方の人は80キロ圏内から避難しているだろう。
また多くの人は出国すらしている。
しかし、福島県の人たちは、30キロ圏内が屋内待機、それ以外の人には避難勧告の避の字も出ていない。
今、電話をかけていても、4人くらいはよく聞いてくれて、「上にご意見をお伝えする」とは言ってくれたが、
あるところでは、「我が市は日本国と県の命令に従って動きます」と言って、譲らなかった。
私は、小児白血病やその他様々な病気が子どもを襲うのを、だまって見ていられない。
だから、せめて避難命令までは行かなくても、自主的に判断して逃げてもらいたいくらいのことを、
市民や村民に向けて言って欲しいと頼み続けている。
首相官邸にも電話したが、途中で電話を切られた。
本宮市や小野町、郡山市、いわき市などは、一応話は聞いてくれたが、
他の多くの市は、何度かけても話し中だ。
戦争の地上戦とは違って、原発の事故の被害は、後からじわじわ来る。
福島の豊かな自然に育まれた野菜や果物や米は、
これから長期間にわたって放射能の残留で、美味しい食べ物ではなく、恐怖の食べ物にさせられるだろう。
IAEA基準によれば、福島原発の現在の危機は、チェルノブイリ一つ下のレベル6と同じになったようだ。
チェルノブイリ級にもなりかねない可能性すらある。
今まで使いまくっていたコウ・カウンセリングを、更に使って、泣きまくっているから、
どうにか自分を保っていられるが、
今まで生きてきた中で、最悪の最悪な悪夢の日々であることは、間違いがない。
17・8人を連れて、東京から名古屋に来たのが5日前。
毎日、状況が良くなるように祈り続けるパートナーの脇で、怒り続け、
ニュージーランドに一旦避難しようという激しい思いのみでつっぱしってきた。
しかし、昨日、彼の涙ながらの訴えと東北の人に対する愛に説得されて、怒りは大分静まった。
そして怒りが静まると、悲しみと絶望感が首をもたげてくるようで、
少しでもそちらに注目すると、動けなくなるので、泣き続けようと努力している。
味噌と塩と玄米をなるべく食べるようにして、
放射線の値はそれ程変わっていない、ということを希望に、
やれることをやり続けている。
一緒に来た2歳の双子を連れた友人たち家族も、更に西方の山口に発った。
明日は、双子の一緒にいる友人たちの一人が、パートナーと一緒に東京に帰ると言っている。
説得を試みてはいるが、たぶん無理だ。
私の危機感は、レントゲン室に何度も置かれた幼い私が伝え続けてくれているものだ。
子どもたち、幼い子どもたちの被曝を避けて、豊かな自然を残したい。
原発を止めて、持続可能な自然エネルギーを使っていく社会まで、
なんとか力を振り絞りたい。
余裕のある人は、ぜひ協力して一緒に電話かけやメールを市町村宛に送って欲しい。
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