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「泣いていい」ということ
- 2008-12-24 (水)
- RC
私は小さい時からよく泣いてきた。
度重なる骨折と、あまりにも痛い手術で、幼い頃はしょっちゅう涙が涸れるほど泣いた。
私も泣いたが、母も本当によく泣いて、私たちは泣くことで生き延びてきた。
ところが、それを肯定する情報が世の中にはまるでなかった。
泣きながら、泣いている母を「弱い」と思い、自分のこともどこかで「おかしい」と感じ続けてきた。
周り中から「泣くな」という目で見つめられていた気がするが、「泣くな」と言われて泣かないでいられるほど状況は優しくなかったから、それでもよく泣いた。
31歳で東京に移ってきて、その一年後ぐらいに再評価カウンセリングの基礎クラスに行った。
英語で学んだので理論的にはほとんどよくわからなかったが、一言、「It’s OK to cry」と言われたのには驚いた。
そう言われて15分くらい、次から次に涙が止まらず、イメージの中で医者たちに「やめろー!」と言いながら号泣し続けた。
15分が終わった時、カウンセラーに優しく「もう終わりだよ」と言われて、「こんな号泣が止まるのか?」と一瞬思ったのだが、涙はすーっとひいた。
クラスが終わってから、だんだん考えていくうちに、からだが医療から受けた治療に対してまだまだ怒っていることに気づいた。
そして、その怒りが医者とよく似た年齢の男性に対する嫌悪にもつながっていることにも気づいた。
私たちは、泣いたり笑ったりあくびをしたり、震えたりたくさん汗をかいたりした後に、新しい認識、評価を自分の過去に対して得る。
「再評価カウンセリング」と言われるゆえんは、ここにある。
私は、それまで中年の男性全般が苦手だと思い込んでいた。
しかし、その理由、原因は理解できずに生きてきた。
理解できなかったがゆえに、時にはひどく生きにくいことも起こった。
中年の男性に対して、ある種の怒りや、嫌悪を持ってしか出会えなかったのである。
ところがこの号泣以来、再評価が始まり、その後、何人かの中年の男性と友人にもなることができた。
深い涙は、思考を明晰にするために必要な回復へのプロセスなのである。
この理論は、どの人にも適用される。
赤ちゃんからお年寄りまで。あるいは、人種や民族の違いも超えて、もちろん男性と女性の間にも壁はなく、傷ついた感情を涙や笑いにして解き放つことで、よく考え、行動するということが可能になるのである。
それを知ってから、私の人生はとても生きやすくなった。
どのように生きやすくなったかは、今後また書いていく。
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