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感動したこと Archive

自然保護運動と障害者運動

1970年代のはじめごろだったと思うが、「ローマ白書」という環境汚染に関する新聞記事を読んだ。21世紀が来る前に核兵器や石油の枯渇や人口の爆発で地球の未来は絶望的というような事が書いてあった。10代半ばの頃だったので、あまりの衝撃を誰にも語れなかったことを覚えている。20代始めの時には、福島県の地元にある原発がどれほど危険かを何度か講演会で聞いて、鬱々となった。

しかし、それ以前に障害を持つ自分たちの人権を確立し、地域に自立することが、まずわたしにとっては重要と考えた。そして、そのための活動に邁進した。なぜなら、同じ死や恐怖に晒されるにしても、施設という排除隔離された場所での死や恐怖はさらに屈辱や絶望も倍加される。とりあえず自然保護や、環境の問題は、障害のない人たちに任せておこうと思ったわけだ。

もちろんその間でも、やれることはやろうと考えた。チェルノブイリの大事故の後、日本の暴走する原発政策を止めるよう圧力をかけて欲しいと14,5カ国の首相や大統領あてに個人的に手紙を出したこともある。カナダとニュージーランドとオーストラリアから返事が来て、自分で出していながらも全く期待していなかったために、驚いたこともある。それぞれの国の答えはもちろん、内政干渉になるのでそちらの方で頑張って欲しいというのみだった。

また環境破壊の最たるものである戦争に対しても、障害を持つ人の運動と同時に出来ることはしようと平和の問題にも取り組みつづけてきた。

湾岸戦争の直後には90億ドルの戦費を返せという裁判を起こした原告団にも加わったし、最近では世界9条会議にも30人くらいの聞きあう方法を使って平和を作ろうという仲間と共に参加した。とにかく出来ることは何でもしようと考えている。

最近私のそうした気持ちや行動力と同じような情熱を持って、自然保護運動に邁進している人と出会った。日本一の会員組織を誇る実践自然保護団体「日本熊森協会」の森山まり子さんである。

日本熊森協会の設立と活動については「クマともりとひと」という小冊子が非常に面白いので詳しくは是非そちらを読んで欲しい。またホームページもあるので是非訪れて欲しい。
http://homepage2.nifty.com/kumamori

私がこの小冊子を手にしたのは1月の半ばくらいだったと思う。ホームレスの当事者の人が街頭で売っている「ビッグイシュー」という雑誌があるのだが、そこにこのグループのことを森山さんが紹介していた。私は読んですぐに「この人は本物だ」と直感した。だから、この小冊子を電話でまず30冊注文、その五日後には100冊を注文していた。小冊子をまず読んだのは娘だった。

娘の宇宙も環境問題には以前から非常に関心を持っていたので、これを読んで私が読む前に入会葉書を切り取り、「会員になるよ」と、すぐに投函していた。あまりの行動力に感化されて、わたしもまた会員呼びかけに発奮し、約一ヵ月後の2月11日には、森山さんに会いに行った。約4時間半の会っているあいだ中、わたしも森山さんも、わたしの夫の石丸も、そして最後の一時間には、森山さんのパートナーの昭典さんも、とにかくよく聞き、よく話し、よく笑い、よく泣いた。久しぶりに、この社会をこんな風に変えたいと、明確な構想を持ち、大いなる使命感に動かされて活動している仲間に出会えたという、感動的な出会いだった。

わたしは、人間の都合で静かで美しい奥山を追い出されて、殺されてしまう、ツキノワグマとこれまた勝手な人間の都合で、お腹の中でチェックされて生存権を奪われてしまう障害を持つ胎児が、話を聞く間中、重なって重なって、涙が流れて仕方がなかった。

特に、この熊森協会の立ち上げのときの中心的メンバーだった中学生たちが「大人たちは戦後、少しでも生活がよくなるようにと考えてやってきたんだけれど、その結果が今間違っただけだから変えればいいんだよ」と大人の失敗を責めずに次々とアイディアを出して行動し続けたと言う話しには深く深く共感した。

障害を持つわたし達の運動も、養護学校や施設で分けられることを拒否することから、まず立ち上がった。しかし、行政の分離や隔離政策を責め続けるのではなく、地域の中で生きるための介助料の獲得や、所得保障の整備、街構造の変革など、ありとあらゆることをやってきた。ともすれば、障害を持つ人たちの運動も、能力主義に陥りがちだ。つまり「○○ができるから、差別されるのはおかしい」とか、「大学にも行けるのだから、大学を整備せよ」とかなどである。

ツキノワグマも重い障害を持つ人も、存在そのものに大いなる意味がある。もちろんその存在がどんな風に役に立っているかを、科学的に述べていくことも可能だ。しかし、今ここで分かっていることは、どんな生命も生物も大いなる自然の一部で、いけとしいけるものは全て、存在そのもので正しいという事なのだ。

わたしの中では、自然保護運動と障害を持つ人の運動は、全く同じ方向を向いている。これからもできることの全てをやり続けるのみだ。

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