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自立生活運動 Archive

最愛の友人達の還暦祝いに出席!

生きているうちには何回か思いっきり驚きの場面に出会うことがある。
9年前の9月11日のツインタワーの崩壊もその何回かのひとつであるが、
個人的には、驚きの中にうれしさと懐かしさが含まれているものとして、
昨日は本当にしみじみではあるが、深い驚きの時間をすごした。

kanreki

私が22歳から28歳の間までに、一緒に暮らしていた橋本さんと、
その彼と、一身同体ともいえるような同志である白石さんが、
60歳の還暦祝いをした。

橋本さんは私が一緒に暮らしていた当時から、何度も喘息の発作で、
死地を乗り越えて来た人だから、お祝いの挨拶に冗談で、
白石さんの還暦祝いと橋本さんの生前葬があると聞いて、
駆けつけたということを言った人がいた。

私も橋本さんの生前葬を何度もした。

あまりに運動が忙しく、その頃全国青い芝の会の事務所があった川崎や、
あちこちの運動の拠点を駆け巡って、折角2人で暮らすことを始めたのにも
関わらず、あまりにも落ち着かないので、腹が立って、
帰ってくる彼を待ってお葬式をしたのだった。

玄関を上がると彼は「いやいやどなたが亡くなられましたか?」とまじめな顔で
位牌の名前を読むと、ちょっと噴出しそうにしながら、
「これはこれはかたじけない」と言って、線香に火をつけてお経を唱えた。

葬式をしてもらうと長生きをするというのは本当かもしれないなというのが
昨日の驚きの一つだった。

たった5年くらいではあったが、彼は私を大事にしてくれていたので、
私が出て行ったら、悲しみのあまり、死んでしまったらどうしようという
罪悪感がちょっぴりあったが、私にも宇宙が生まれ、全く違う世界で
いきいきと生きる中で、彼には彼の人生があると本当に思えるようになって
いった。

ただその中でも、二度ほど喘息の発作で意識を失った彼に面会して欲しいと
白石さんから電話をもらいお見舞いをした。

その度ごとに、本当にこれでもうさよならだと思い、
心から挨拶をしたものだったが、一、二週間経つと、
彼が意識を取り戻したというニュースをもらった。

今回は三度目の正直の大ニュース、還暦祝いだというのだから驚いた。

いつまでも、元気でいて欲しい、と思いながら参加したが、当時の人たちの
変わりようにもまたまた本当に驚いた。

yuho_speech

子どもは成長する中で、小さいときしか知らないと、全くわからない大人が
現れて驚くことがしょっちゅうだが、大人にもそれが言えるということが、
昨日は大発見だった。

名前は覚えていても、その人を探そうとして全然成功しなかったのだ。

関西から来ていたMさんは、歩いていたのにすっかり寝たきりの車椅子を
使用していたし、手話を一緒に習っていた仲間は、議員となってあまりに
福々しくなり、面影すらない気がした。

人間は日々変化する。
子どもから大人になることを成長というのだったら、大人から老いていく
過程も、やっぱり成長でもいいのではないか、と思いたいがやはり
変化という言葉の方がもっとしっくりいく気がする。

大人になって、年を重ねるたびごとに、自分もどのように変化していくのか
大勢の昔の仲間に囲まれながら、確実に社会を変化させてきた同志達と
談笑しながら、みんなと自分のこれからをしみじみと思ったひと時だった。

白石さん、橋本さん、本当におめでとう。

次は古希のお祝いに駆けつけるから長生きしてね。

本当に素敵なお祝いの席に招いてくださったことありがとうございました。

zenin

精神に障害を持つとされる人々と共に

私は1956年2月生まれの52歳。

この年に、日本の経済白書に「戦後は終わった」と書かれたという。
戦後、大地主制度が瓦解し、敗戦の壮絶な貧しさの中から出て、日本社会は競争が苛烈な自由経済市場となった。

その成果が、56年の経済白書に表れて、高度経済成長に突き進む記念の年だったのだろう。

その後、東京オリンピックがあり、ベトナム戦争があり、私の近所の風景も少しずつ変わっていった。

昭和40年代初めの「always 三丁目の夕日」のような風景の中に、私もいて、その頃には「精神障害」と呼ばれる人たちは地域の中でまだ「不審者」とも「おかしな人」とも呼ばれず、もちろん肩身は狭かっただろうけれども、共に過ごしていた。

特に私の左隣の家の人たちは、今から考えると「統合失調症」と呼ばれる人が、6人家族の中に3人もいて、しょっちゅう壮絶な罵声や物や人のぶつかり合う音が聞こえていた。そのうちの一人は私と妹と仲良しの女の子でもあったから、長い間「精神病」というレッテルで彼女たちが地域から孤立していることにも気付いていなかった。

もう一人近所には、石を子ども達に投げる年配の女性がいて、今考えると、息子が戦争で戦死していたかもしれないし、とにかく大きな悲しみが彼女の人生にあったに違いない。しかしその彼女が石を投げるときに、それを大人たちが必死で止めるというよりは、子ども達が彼女に投げられる石を遊びの一つとして捉えていたことを思い出す。

また、今で言えばホームレスの人たちが、おおげさでなく月に二三回は”乞食”として家々に回ってきて、私の母はいつも彼らに丁寧に応対していた。深々とお辞儀をして、ちり紙に巻いた5円や10円を一合の米を添えて渡すので、私は”乞食”と言われる人たちが社会的に卑しめられている立場にいると気づくまでずいぶん間があった気がする。

そうした幼いときの風景の中には、精神障害を持つ人たちがあまりに当たり前にいたので、障害者運動の中で、精神障害者との連帯というのは80年代の終わりまでなかなかピンとこなかった。

しかし昨今の精神障害を持つ人たちに対する差別や抑圧の激しさを見る時に、彼らとの共生の方向を探り出すことが緊急課題であるとの認識は心深くに持っていた。

その認識を持って11月12日、エンジョイセンターで初めての精神障害を持ちながらそこからの回復に取り組んでいる人を招いて講演会を開いた。

(続きは後日に。。。)

続・佐藤きみよさんの講演について。

11月1日に、佐藤きみよさんを招いて講演会を行った。

今回は私が招いた新しい顔ぶれも10人以上は来てくれたので、『共に生きよう感じよう』連続講座の中では、かなり盛り上がった。

一番良かったのは、きみよさんの話がとてもすばらしかったことだ。聞きやすく、言葉も魅力的で簡潔で、声も優しい。講演者としての才能を十二分に持っている。

でも、なぜこんなによかったのかとつらつら考えるに、思ったのは、彼女の体験が人類史上初の新しいことばかりだからだ。

彼女が人工呼吸器を使って病院から抜け出して生きることを決意したのは18年前。

20年間、病院のベットの上で、白い壁と窓からほんの少しだけ見える外の世界を見ながら、「外に出たい」と呻き続けた人の気持ちは、本人にしかわからない。

しかし私たちには想像力があるので、そして私には13歳までの数年間に、彼女と同じような体験があるので、その想像力と共感をもってして、彼女の苦悩が本当に良くわかる。

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「自立生活センター」と佐藤喜美代さんの講演

対外的に私は「CILくにたち援助為(エンジョイ)センター代表」という肩書を時々使っている。肩書を使うために代表になっているわけではないが、私を代表にしておくと、CILくにたち援助為センターがよく知られるかもしれないという希望がそこにはある。
まあ、その希望と予測にまあまあ貢献できているだろう。
というわけで、代表の仕事は、自分のやりたいことをやりまくる、ということで許してもらっている。
CILは「自立生活センターCenter for Independent Living」の略で、1986年に私は日本で初めてのCIL「ヒューマンケア協会」を創った数名のメンバーのうちの一人だ。
私は娘を産んだ1996年に、地元のCILの代表に請われてなった。八王子のヒューマンケア協会のほうは、代表の中西さんの大活躍で、今はアジア各国にCILの創出を支援するまでになってきている。
現在、自立生活センターは全国に100ヵ所以上あるので、関心のある方は各地の自立生活センターのホームページをぜひ覗いてほしい。CILくにたち援助為センターは、その中でも女性陣が活躍しているユニークなセンターである。「活躍」とは言っても、規模の拡大は目指していないが。国立市全体の人口は8万を切っている小さな市なので、私たちが地道に地域に住む障害を持つ人に当事者としてサービスを提供したり、地域で自立生活することの重要性を伝えていくには、「スモール・イズ・ビューティフル」のあり方でいこうと思っている。

詳しいことは援援助為センターのページにアクセスしてほしいが、私の大好きな友人を11月1日に呼ぶので、そのことを少し書きたい。

友人の名は佐藤喜美代さん。彼女はベンチレーター(人工呼吸器)を使用して日本で初めて自立生活を始めた人だ。病院から出て、自立生活がそれなりに軌道に乗ったころ、私は「遊歩、地域に出て自立して、私何をすればいいのかな?」と相談を受けた。「介助者を使ってここで生きているだけでも十分だけど、自立生活運動は、仲間をオーガナイズすることがとても大事だから、ベンチレーターをつけて自立しようとする人を応援する会を作ってみては?」と提案。彼女はただちに実行し、今ではベンチレーター使用者ネットワークとさっぽろの自立生活センターと、どちらも代表として活動している。また、彼女は詩人でもあり、絵描きでもある。

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