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最近の活動 Archive

「FGM(女性性器切除)廃絶を支援する女たちの会」会報での書評。

FGM(女性性器切除)廃絶を支援する女たちの会」のニュースレターに私の本の書評が載った。
 私は「女性性器切除」という伝統と呼ばれる、子どもと女性に対する最悪の虐待を終わらせたいと強く強く願い、できることを行動している。

そのできることのひとつとして、本を書いたら、その書評を書いてくださった。ぜひ本を読んでできることをひとりひとりが考えてくれたら嬉しい。

全く意味のない手術で苦しんできたという一点で、私は性器切除をされた女性たちと深く深くつながっていると思っている。

全く意味のない痛いだけの残酷な手術を、幼い子どもたちに治療や伝統という詭弁でする社会。

私はかわいそうな治してあげなければならない生まれつきの障害を持っているという理由で、性器切除されている女性達はその『伝統』のある地域に女性として生まれたということで。

どんな命も産まれてきたというその一点で、周りからのとんでもない虐待にさらされるべきでは絶対にない。

以下、許可を得たので、書評を転載させていただく。

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書評:『いのちに贈る超自立論~すべてのからだは百点満点』
〔安積遊歩(著)、太郎次郎社エディタス、2010年1月〕

著者の安積遊歩さんは生後約40日で「骨形成不全症」と診断され、骨がもろいため骨折を繰り返し、そのたびに手術で骨を補強する針金を足に入れ骨が固まるとまた手術をして針金を取り出すということを繰り返し、やがて13歳のときに、ひどい痛みに苦しむだけで何の効果ももたらさない手術を拒否。それ以来彼女は「障害」を「治す」ということについて考えてきた。そしてたどり着いた結論は、「私にとって『治す』とは、自分のからだといのちを心地よく維持するための働きかけであって、決して健常者のからだに近づくことが『治る』のではない」ということ。

そこから生まれる彼女の発想はびっくりするほどユニークだ。「骨が『不全』だという認識から手術して完全な状態に正そうという発想が生まれる。二本の足で歩くことが唯一の正しい姿、というわけだ。しかし『骨形成不全症』は大きな特徴として、歩けば骨折の恐れがあるのだ。だったら、歩かなければいい。・・・・『骨形成不全症の人は歩かなくていい』という常識をつくりたいものだ」。そうすれば車いすの開発も進むし、車いすもめがねと同じ感覚で使ってほしいと彼女は言う。

1980年代にアメリカのバークレー自立生活センターで研修を受け、仲間同士の相談活動である「ピア・カウンセリング」を日本に紹介、障害者の自立運動に取り組み、1994年にカイロで開催された国連の「人口と開発世界会議」では優生保護法の差別性を世界に向かって告発、40歳で女の子を出産と、行動的に生きてきた彼女が、この本のなかでは、治療、生殖技術、貧困、親と子、プライバシー、エコロジー、そしてFGMと、さまざまなテーマについて語っている。そこではやはり何度も受けさせられた手術のすさまじい痛みの体験がつづられる。手術とは、「私たちのような骨折治療や骨延長の手術をされる側からすれば、優生思想にもとづいた正義の名を借りた虐待だ、とすらいえる」し、「痛みから来る精神のアンバランスは、戦時下を生き抜いたことによるトラウマにも酷似する」。だからこそ彼女は、FGMを受けた少女たちの痛みをわがことのように感じる。自分自身の幼いころの苦しみの記憶があるから、傷つけられた少女たちの感性が崩れていくのが目に見えるようだと言い、あまりの恐怖と混乱と痛みで少女たちのその後の人生がどれほど生きがたいものになるだろうと嘆じる。安積さんはこのFGMの現実をひとりでも多くの人に知ってもらおうと、兼任講師をしている大学で最初の授業のときに『戦士の刻印』を学生たちに見せている。

200ページ足らずの本なのに、今の社会にある偏見に対する鋭い指摘と豊かな発想に、何度もはっとして立ち止まり考え込まされ、自分の生き方についても見直しを迫られる貴重なメッセージが満載されている。そして全体を通じて流れているのは、「そのままのあなたでいい」という暖かいまなざしであり、読んでいる者をほっと安心させる、それがこの本の魅力だと思う。

(引用元:「WAAFのニュースレター Vol.55 2010年3月31日発行」)

新刊「いのちに贈る超自立論」発刊。

ついに私の新しい本が出た。
 「いのちに贈る超自立論」というタイトルだ。
 太郎次郎社から発刊された。
「いのちに贈る超自立論」

書き始めてから早四年となるので、直前には少し「もう止めようか」というあきらめの境地にもなったが、編集者と出版社に励まされて完成。
 はっきり言ってそれまでは、編集の人を励まし続けて書き進めた日々だった。
 彼女とは、私が太郎次郎社から一冊目の本(「癒しのセクシートリップ」)を出したときからの付き合いで、編集者と著者という関係を遥かに超えて、友人同士となっているので、なかなかそこのところが大変でもあった。
 しかし、出来上がってみれば、そうした日々はかえって二人へのプレゼントとなった。

今までのどの本よりも、自分の中では言いたいこと、伝えたいことをきちんと書いたと思えている。
 どんなに私達障害を持つ女性の現状が厳しくあろうと、障害を持つ母親の日常が差別に打ちのめされんばかりの日々であろうと、私は生き続けてきた。そしてこれからも。
 助けは求めればいっぱいある。手を伸ばせばいつだってそこにある。
 独りにならなくていい。仲間を作り出して、幸せな現実を作り出せる力と自由と責任が私にはある。

娘も13歳。あと5ヶ月で14歳になる。
 ほんとうに早かった。早すぎて、自分の年が時々分からなくなる。
でも、鏡に写る自分の顔を見ると、恋い慕ってやまない母親の顔と似てきたように感じるときがある。
 目の周りにしわが多くなって、なくなる直前はほんとうに柔和な表情の母だった。
どんな苦労も困難も、一人の人の中で熟成して発酵して穏やかさをつくるのかと思わせるような平和な笑顔の母だった。
 その表情に良く似た自分が時々鏡の中に見えて驚く。

本はクリスマスに発売される。
 その後二ヶ月で私も、母が亡くなった年齢までもうすぐ一回りである54歳となる。
たくさんの人々の協力と応援で、そして丈さん(パートナー)の忍耐強い愛で、家族間の絆もますます豊かに深くなっている。その片鱗がこの本の中の素敵な写真に表れていると思う。(もちろん、私の言う「家族」は、丈さんと娘の宇宙ちゃんだけでなく、今一緒に暮らしている友人もそうだし、私たちに関わっている多くの友人達、介助者たちみんなを含めてのことだ。)
 どうぞ手にとって未来への暮らしの一つの提言として読んで欲しい。

尚、この本の売り上げは、私から買っていただければ、フィリピンのストリートチルドレンに送っている物資の送料とさせてもらっている。
 ぜひ私から直接買っていただけたら嬉しい。
 もちろん、最寄りの書店への注文もぜひお願いしたい。

福島県の国見町に行ってきた(森の復元活動)

私は今年、日本熊森協会という会員になり、
5月からは、その会の顧問にもなった。

肩書きはなんでもいいが、この会のやっていることが、
私の目指していることと、とても近いので、
できることはなんでもしたいと思っている。

その一つとして先日、福島県の北端の町、国見町に行って来た。
国見町は、奥山に植えた針葉樹林を伐採し、
熊が住める広葉樹林を復元したいと
27ヘクタールの土地を熊森協会に任せてきた。
植林をして、豊かな森を復元したいというのだ。
その提案を受け、熊森協会がどのように出来るか、
東北の会員が集まり学び、検討するという会があったのだ。

熊森協会は、西日本では多くの場所に植林をしてきたが、
東北では始めてということで、
会長の森山さんが兵庫県から、
生態学者の主原さんが京都から駆けつけてくださった。

日本熊森協会は、
「クマの捕殺を止めよう!」ということから始めて、
森の荒廃を復元する活動へと発展し、
更に最近は、世界水戦争からも森を守ろうという壮大なポリシーと運動も育ててきている。
既に1266ヘクタール以上の森(土地)を、自然保護のためにトラストしているというから驚きだ。

熊はアンブレラ種といい、森の長でもあり、
要でもある重要な存在だ。
熊の皮剥ぎや食事のあり方等の習性は、
実は森のバランスを回復させ、豊かにし、
その森は水を日本の全土に供給してくれている。

そうした重要な働きをしている熊から
まず食料を奪ったのが、戦後の林野庁の造林政策だ。

もともとあった原生林を切り倒し、杉や檜を植えまくった結果、
どんぐり等の木の実のならない針葉樹林に熊は食を求められず、
里へ降りることとなった。

里に下りると、今度は”有害駆除”され、
すさまじく殺されてきた。

九州は全滅、四国もほぼ全滅、西日本全域が絶滅の危機にある。
そのことに心痛めた中学生たちがまず立ち上がった。

その中学校の理科の教師であった森山まりこさんが
彼らの熱意に押され会を起こし、地道に活動を続けてきて、
今では教職を退いて、熊森協会の仕事に専念している。

障がいを持つ胎児も子宮の中で安らかに眠っているわけにはいかなくなった
昨今の医学、科学の進歩がある。

子宮の中で出生前診断を受け、命の選別によって、
多くの命が障がいを持っているということで、抹殺されている。

それは、奥山に食料が無くて住むことが出来なくなり、
里に下りたために、害獣とされる熊たちの姿と
私の中で重なるのだ。

せめて、社会の厳しい状況に出会う前くらい、
子宮の中でまどろんでいたいだろう胎児たち。
そして、森に豊かな食料さえあれば、
ひっそりと奥山で暮らしていたいだろう熊たち。

種のありようは違うが、
障がいを持つ人間の胎児も、奥山の熊たちも、
「私の居場所、命を奪わないで」と、
声なき声を発し続けているに違いないと、
心がぎゅっと痛み続けている。

10月4日(日)には、日本熊森協会主催による、
シンポジウムが、早稲田大学国際会議場内の井深大記念ホールで
13時から行われる。

詳細は以下
http://homepage2.nifty.com/kumamori/symposium-index.html

ぜひ多くの方に参加してほしいと、心から願っている。

続・佐藤きみよさんの講演について。

11月1日に、佐藤きみよさんを招いて講演会を行った。

今回は私が招いた新しい顔ぶれも10人以上は来てくれたので、『共に生きよう感じよう』連続講座の中では、かなり盛り上がった。

一番良かったのは、きみよさんの話がとてもすばらしかったことだ。聞きやすく、言葉も魅力的で簡潔で、声も優しい。講演者としての才能を十二分に持っている。

でも、なぜこんなによかったのかとつらつら考えるに、思ったのは、彼女の体験が人類史上初の新しいことばかりだからだ。

彼女が人工呼吸器を使って病院から抜け出して生きることを決意したのは18年前。

20年間、病院のベットの上で、白い壁と窓からほんの少しだけ見える外の世界を見ながら、「外に出たい」と呻き続けた人の気持ちは、本人にしかわからない。

しかし私たちには想像力があるので、そして私には13歳までの数年間に、彼女と同じような体験があるので、その想像力と共感をもってして、彼女の苦悩が本当に良くわかる。

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「親のサポート」

いろいろな縁があって生活クラブ生協の人たちと月一回、親の自助グループを始めた。前々からしたかったことなので、楽しんでいる。
近郊で小さい子を育てている人たちが6人集まっている。一応2時間という設定だが、涙や笑いを丸ごと含めて7人がそれぞれの気持ちと話をしていくと、あっという間に時間は過ぎる。
(私は「子ども」をなるべく「若い人」と呼びたいと思っている。これからは、「子ども」は「若い人」と書いていく。)

私は元々、若い人をサポートしたいと思ってきたが、若い人をサポートするにはまず親が助からなければならない、という道筋があって、このグループも喜んで引き受けた。親自身が自分自身を肯定的に見れれば見れるほど、若い人との生活は楽になる。若い人に自分の人生の様々な苦しみを伝染させないために、親の自助グループはとても重要なものとなるだろう。

そしてもうひとつ、親のサポートとして私がずっと取り組んできたのは、親のアライ(サポーター・味方・具体的な行動も誠実に分かち合ってくれる人)を育てることだ。私の周辺にいる子育てしている人の中には、様々な困難を抱えている人も多く、私にできることは何かと考えたとき、私と共にいてくれる大切なアライたちに、彼女たちのもとに行ってもらうことだった。

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「自立生活センター」と佐藤喜美代さんの講演

対外的に私は「CILくにたち援助為(エンジョイ)センター代表」という肩書を時々使っている。肩書を使うために代表になっているわけではないが、私を代表にしておくと、CILくにたち援助為センターがよく知られるかもしれないという希望がそこにはある。
まあ、その希望と予測にまあまあ貢献できているだろう。
というわけで、代表の仕事は、自分のやりたいことをやりまくる、ということで許してもらっている。
CILは「自立生活センターCenter for Independent Living」の略で、1986年に私は日本で初めてのCIL「ヒューマンケア協会」を創った数名のメンバーのうちの一人だ。
私は娘を産んだ1996年に、地元のCILの代表に請われてなった。八王子のヒューマンケア協会のほうは、代表の中西さんの大活躍で、今はアジア各国にCILの創出を支援するまでになってきている。
現在、自立生活センターは全国に100ヵ所以上あるので、関心のある方は各地の自立生活センターのホームページをぜひ覗いてほしい。CILくにたち援助為センターは、その中でも女性陣が活躍しているユニークなセンターである。「活躍」とは言っても、規模の拡大は目指していないが。国立市全体の人口は8万を切っている小さな市なので、私たちが地道に地域に住む障害を持つ人に当事者としてサービスを提供したり、地域で自立生活することの重要性を伝えていくには、「スモール・イズ・ビューティフル」のあり方でいこうと思っている。

詳しいことは援援助為センターのページにアクセスしてほしいが、私の大好きな友人を11月1日に呼ぶので、そのことを少し書きたい。

友人の名は佐藤喜美代さん。彼女はベンチレーター(人工呼吸器)を使用して日本で初めて自立生活を始めた人だ。病院から出て、自立生活がそれなりに軌道に乗ったころ、私は「遊歩、地域に出て自立して、私何をすればいいのかな?」と相談を受けた。「介助者を使ってここで生きているだけでも十分だけど、自立生活運動は、仲間をオーガナイズすることがとても大事だから、ベンチレーターをつけて自立しようとする人を応援する会を作ってみては?」と提案。彼女はただちに実行し、今ではベンチレーター使用者ネットワークとさっぽろの自立生活センターと、どちらも代表として活動している。また、彼女は詩人でもあり、絵描きでもある。

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「本づくり」について

「本づくり」(最近の活動) 08年10月23日

最近一番力を入れているのは、2,3年来取り組んでいる3作目の本書きだ。
「癒しのセクシートリップ」「車イスからの宣戦布告」に続き、太郎次郎社から単独の刊行物としては3作目となる。自分で書いて、自分で売り歩く勤勉な著者として、太郎次郎社から大事にされているので、早く作って今までの借りを一気に返さなければならない。実はつけで自分の本を買い、売っている。そういうプレッシャーもあって編集者を私の方が励まして、週に一回泊まり込みをしてもらい口述筆記で書いている。遅くても来年の春には形にしたい。
タイトルは決まっている。「たった一つの私の体」というものだ。書きたいことは、「私たちの身体に本当に必要な医療や教育とは何か」ということで、そこから「生きる目的は自分や周りの人を大事にして、日常の中で穏やかに長生きすることなのだということを伝えたいと思っている。
「私たちの身体」とは、本の始まりは「骨形成不全症」と言われる私や娘と仲間の身体のことだが、本の終わりには私と共に生きるすべての人の身体に言及していこうと思っている。
出版されたらぜひぜひ読んでほしい。
もちろん、私のつけ払いに協力したいと思ってくれてもいいが、そんな小さなレベルではなく絶対面白い本にするので、期待してください。

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