- 2010-04-20 (火) 11:49
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「FGM(女性性器切除)廃絶を支援する女たちの会」のニュースレターに私の本の書評が載った。
私は「女性性器切除」という伝統と呼ばれる、子どもと女性に対する最悪の虐待を終わらせたいと強く強く願い、できることを行動している。
そのできることのひとつとして、本を書いたら、その書評を書いてくださった。ぜひ本を読んでできることをひとりひとりが考えてくれたら嬉しい。
全く意味のない手術で苦しんできたという一点で、私は性器切除をされた女性たちと深く深くつながっていると思っている。
全く意味のない痛いだけの残酷な手術を、幼い子どもたちに治療や伝統という詭弁でする社会。
私はかわいそうな治してあげなければならない生まれつきの障害を持っているという理由で、性器切除されている女性達はその『伝統』のある地域に女性として生まれたということで。
どんな命も産まれてきたというその一点で、周りからのとんでもない虐待にさらされるべきでは絶対にない。
以下、許可を得たので、書評を転載させていただく。
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書評:『いのちに贈る超自立論~すべてのからだは百点満点』
〔安積遊歩(著)、太郎次郎社エディタス、2010年1月〕
著者の安積遊歩さんは生後約40日で「骨形成不全症」と診断され、骨がもろいため骨折を繰り返し、そのたびに手術で骨を補強する針金を足に入れ骨が固まるとまた手術をして針金を取り出すということを繰り返し、やがて13歳のときに、ひどい痛みに苦しむだけで何の効果ももたらさない手術を拒否。それ以来彼女は「障害」を「治す」ということについて考えてきた。そしてたどり着いた結論は、「私にとって『治す』とは、自分のからだといのちを心地よく維持するための働きかけであって、決して健常者のからだに近づくことが『治る』のではない」ということ。
そこから生まれる彼女の発想はびっくりするほどユニークだ。「骨が『不全』だという認識から手術して完全な状態に正そうという発想が生まれる。二本の足で歩くことが唯一の正しい姿、というわけだ。しかし『骨形成不全症』は大きな特徴として、歩けば骨折の恐れがあるのだ。だったら、歩かなければいい。・・・・『骨形成不全症の人は歩かなくていい』という常識をつくりたいものだ」。そうすれば車いすの開発も進むし、車いすもめがねと同じ感覚で使ってほしいと彼女は言う。
1980年代にアメリカのバークレー自立生活センターで研修を受け、仲間同士の相談活動である「ピア・カウンセリング」を日本に紹介、障害者の自立運動に取り組み、1994年にカイロで開催された国連の「人口と開発世界会議」では優生保護法の差別性を世界に向かって告発、40歳で女の子を出産と、行動的に生きてきた彼女が、この本のなかでは、治療、生殖技術、貧困、親と子、プライバシー、エコロジー、そしてFGMと、さまざまなテーマについて語っている。そこではやはり何度も受けさせられた手術のすさまじい痛みの体験がつづられる。手術とは、「私たちのような骨折治療や骨延長の手術をされる側からすれば、優生思想にもとづいた正義の名を借りた虐待だ、とすらいえる」し、「痛みから来る精神のアンバランスは、戦時下を生き抜いたことによるトラウマにも酷似する」。だからこそ彼女は、FGMを受けた少女たちの痛みをわがことのように感じる。自分自身の幼いころの苦しみの記憶があるから、傷つけられた少女たちの感性が崩れていくのが目に見えるようだと言い、あまりの恐怖と混乱と痛みで少女たちのその後の人生がどれほど生きがたいものになるだろうと嘆じる。安積さんはこのFGMの現実をひとりでも多くの人に知ってもらおうと、兼任講師をしている大学で最初の授業のときに『戦士の刻印』を学生たちに見せている。
200ページ足らずの本なのに、今の社会にある偏見に対する鋭い指摘と豊かな発想に、何度もはっとして立ち止まり考え込まされ、自分の生き方についても見直しを迫られる貴重なメッセージが満載されている。そして全体を通じて流れているのは、「そのままのあなたでいい」という暖かいまなざしであり、読んでいる者をほっと安心させる、それがこの本の魅力だと思う。
(引用元:「WAAFのニュースレター Vol.55 2010年3月31日発行」)
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