対外的に私は「CILくにたち援助為(エンジョイ)センター代表」という肩書を時々使っている。肩書を使うために代表になっているわけではないが、私を代表にしておくと、CILくにたち援助為センターがよく知られるかもしれないという希望がそこにはある。
まあ、その希望と予測にまあまあ貢献できているだろう。
というわけで、代表の仕事は、自分のやりたいことをやりまくる、ということで許してもらっている。
CILは「自立生活センターCenter for Independent Living」の略で、1986年に私は日本で初めてのCIL「ヒューマンケア協会」を創った数名のメンバーのうちの一人だ。
私は娘を産んだ1996年に、地元のCILの代表に請われてなった。八王子のヒューマンケア協会のほうは、代表の中西さんの大活躍で、今はアジア各国にCILの創出を支援するまでになってきている。
現在、自立生活センターは全国に100ヵ所以上あるので、関心のある方は各地の自立生活センターのホームページをぜひ覗いてほしい。CILくにたち援助為センターは、その中でも女性陣が活躍しているユニークなセンターである。「活躍」とは言っても、規模の拡大は目指していないが。国立市全体の人口は8万を切っている小さな市なので、私たちが地道に地域に住む障害を持つ人に当事者としてサービスを提供したり、地域で自立生活することの重要性を伝えていくには、「スモール・イズ・ビューティフル」のあり方でいこうと思っている。
詳しいことは援援助為センターのページにアクセスしてほしいが、私の大好きな友人を11月1日に呼ぶので、そのことを少し書きたい。
友人の名は佐藤喜美代さん。彼女はベンチレーター(人工呼吸器)を使用して日本で初めて自立生活を始めた人だ。病院から出て、自立生活がそれなりに軌道に乗ったころ、私は「遊歩、地域に出て自立して、私何をすればいいのかな?」と相談を受けた。「介助者を使ってここで生きているだけでも十分だけど、自立生活運動は、仲間をオーガナイズすることがとても大事だから、ベンチレーターをつけて自立しようとする人を応援する会を作ってみては?」と提案。彼女はただちに実行し、今ではベンチレーター使用者ネットワークとさっぽろの自立生活センターと、どちらも代表として活動している。また、彼女は詩人でもあり、絵描きでもある。
彼女が東京に来るには、寝たきりの状態で飛行機に乗るために往復12万もの巨額な交通費がかかる。このことについても彼女は果敢に国や航空会社と交渉してきた。今回はこの巨額な交通費を、私たちの援助為センターと、北区のCILが折半で持って来てもらうことになった。
私と彼女は少し前、朝日新聞の「人脈記」というコーナーに二人で登場した。私も彼女も、それぞれの娘との写真入りで記事になった。私は彼女が自立生活を始めた時から、様々な場面で深く関わってきた。特に子育てについては、可愛い子をフィリピンから彼女に紹介するという難事もしてのけた。彼女は彼女の恋人と一緒に子育てを楽しんでいる。私はどんなに子育てというものが大変かわかっていたにもかかわらず、彼女にそれを勧めた私自身の本音の中に、「一緒に子育てのしんどさを語れる重い障害を持った仲間がほしい」という思いがあった。
今回はベンチレーターを使用しながら地域で自立することの豊かさや、さまざまな活動、そして子育てを縦横無尽に語ってもらおうと楽しみにしている。
ぜひ多くの方が来場してくださることを心待ちにしている。
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